みなさんこんにちは!旅狼かいとです!

ついにやってきました、草津温泉!!

毎分3万2300ℓ以上の温泉の自然湧出量は日本一で、下呂温泉・有馬温泉とともに「日本三名泉」にも数えられる、まさに、名実ともに日本No.1の温泉・名湯と呼ばれ続ける温泉地ですね!

今回はそんな草津温泉の見どころや観光ポイント、さらには実際に行ってきた湯畑や温泉街の様子もご紹介していきます!

草津温泉への旅行を考えている方はぜひこの記事を参考にしてみてください!

  

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草津温泉の見どころ

雪の草津温泉_夕暮れの温泉街

ではでは早速、草津温泉へ行ったら絶対に行っておきたい見どころからご紹介していきます!

今回は冬の雪が積もる時期にいきましたので、写真も雪化粧をした草津温泉になっていますよ!

湯畑

雪の草津温泉_湯畑

草津温泉の見どころといえば、何といってもやはりこの「湯畑」でしょう!!

草津温泉街の中心に位置し、「湯畑といえば草津温泉」「草津温泉といえば湯畑」といっても過言ではないほど、まさに草津温泉の代名詞的存在が湯畑になります

源泉の泉から木樋を通った湯は最後に滝に到達するのですが、この滝の部分にはかつて「大滝乃湯」という共同湯がありました。

1960年(昭和35年)頃に取り壊されるまでは、草津で唯一番台のある「滝の湯」があったことで知られています。
(「大滝乃湯」という名前は、現在は町営温泉施設の名にされています。)

現在の湯畑は、大阪万博の「太陽の塔」をデザインし「芸術は爆発だ」の名言で知られる芸術家岡本太郎」がデザイン・監修を担当したものです。

湯樋(ゆどい)」と呼ばれる温泉が通る木樋は、高温すぎる湯畑の源泉を加水することなく低温化する役割のほか、「湯の花」を採集する目的も兼ねています。

湯の花というのは、源泉中の温泉成分や混在していた物質が空気に触れることで発生する水に溶けにくい沈殿物のことで、主に入浴剤として利用されます。

非常に希少なもので、草津温泉では年に3回湯の花の採取を行っているのですが、一般に販売されるのは年間約5,000個ほどとなっているのです!

そして、この湯の花が採取できることからここが「湯畑」と呼ばれるようになったのですよ!

草津温泉_湯畑_夜のライトアップ

また、草津温泉の湯畑は季節に関わらず日没から25時までライトアップをしています

昼間の雰囲気とは異なるライトアップされた湯畑の風景は非常に幻想的でした。

浴衣姿でのお散歩、そして現代ならではの夜景も楽しめる、まさに日本一に相応しい、日本を代表する温泉地ですね!!

熱乃湯 湯もみショー

草津温泉_熱乃湯の湯もみショー

草津温泉の湯畑前に建つ大正風の和洋入り混じったような建物が、草津の”第二のシンボル”「熱乃湯になります!

そしてこの熱乃湯では、草津名物の「湯もみ」が草津節や草津ゆもみ唄とともにショーとして楽しめるのです!

湯もみ」というのは、温泉の湯温を下げるために行われていた草津ならではの伝統方法です。

というのも、草津温泉では古くから「源泉主義」が掲げられており、源泉に加水や水増しをすることなく、さらに浴槽の中でも沸かし直しや湯の循環を一切しないのです。

源泉の効果をそのまま実感できるため温泉本来の効用がさらに効果的になり、日本有数の酸性度(湯畑源泉のpH値はなんと2.1!)を誇る草津温泉のお湯ならではの殺菌作用筋肉系への良作用皮膚病への効果、さらには美肌効果が期待できるのです。
(古くはハンセン病梅毒への効用でも非常に有名でした。)

しかし、草津温泉の源泉は低いところでも50℃と非常に高く、そのまま入浴することはできません。

そこで、水を入れずに湯温を下げるために行われたのが「湯もみ」なのです

湯もみは熱い源泉の中に六尺板を入れてかき混ぜながら入浴に最適な湯温に調節する技法。

「草津~よいとこ~一度はおいで~」で知られる「湯もみ歌」を歌いながら混ぜる姿が、今なお草津温泉の伝統として受け継がれているのです。

また、湯もみショーのあとは実際に湯もみを体験できるコーナーもあるのです!

現在は新型コロナウイルス感染防止の観点から体験コーナーは中止となっていますが、ショーを見ることは可能です。

日本一の温泉地の伝統に、ぜひ触れてみてくださいね!

白旗源泉

草津温泉_白旗源泉

白旗源泉は、湯畑から「光泉寺」や毎年冬の時期に飾られる「草津ツリー」の方向に向かった場所にあります。

源頼朝が発見したとも言い伝えられている源泉で、湯畑の横に建つ共同浴場「白旗の湯」では今でも白旗源泉のお湯で入浴を楽しむことができます。

草津の主要源泉で唯一白い濁りを有しているのが、白旗源泉の特徴です。

西の河原通り・湯滝通り

草津温泉_西の河原通り・湯滝通り

浴衣を着たまま街を散策できるのも草津温泉の醍醐味!

そんな散策を彩るお土産屋や食事処、レトロな雰囲気のお店などが立ち並ぶのが、「西の河原通り」と「湯滝通り」になります。

温泉街ならではの”レトロだけどちょっぴりモダンな大正風な温泉街”を、浴衣姿であなたも楽しんでみては…?!

光泉寺

草津温泉_光泉寺

湯畑を見守るように山の山腹に佇む光泉寺は、真言宗豊山派の寺院になります。

言い伝えでは、721年、この地を訪れた行基が薬師堂を創建したところから始まっていると伝えられていますが、光泉寺自体は1200年(正治2年)に、当時草津を治めていた湯本氏によって白根明神の別当寺として建てられたとされています。

南北朝の争いでは南朝側につき僧兵を率いたとも記録されており、実際、護良親王や新田義貞、楠木正成といった南朝側の人物たちの神札が奉納されています。

現在では、ここ「光泉寺」と行基が創建した「有馬温泉の温泉寺」に、「山中温泉の薬王院温泉寺」・「道後温泉の石手寺」・道智上人が創建した「城崎温泉の温泉寺」のいづれかを合わせた「日本温泉三大薬師」に数えられています。

草津温泉_光泉寺の遅咲如来

また、光泉寺は「遅咲き如来」としても知られています

江戸時代の医師である外嶋玄賀宗静によって建てられた光泉寺の釈迦堂。

その本尊である釈迦如来像は、東大寺の大仏殿再建に多大な貢献をもたらした公慶上人によって1702年(元禄15年)に造られたと伝えられていました。

玄賀は草津温泉で湯治をしていた15年間に釈迦如来像に魅せられ、釈迦堂を建立して本尊を安置したのです。

しかし、釈迦如来像が公慶上人によってもたらされたものであるというのは長い間言い伝えられた伝説であり、真偽はわからないままだったのです。

ところが、平成17年の調査によってこのことが事実であるとの文献が発見されたのです。

伝説は、300年の時を経てようやく事実として認められたのです。

この「300年後に認められた」というエピソードから、光泉寺の釈迦如来像が「遅咲き如来」と呼ばれるようになったのです。

いまだ求めた結果が出ない人、長きにわたり追い続けた夢や目標がある人、さらには、かつて咲かせたものをもう一花咲かせたい人は、ぜひ光泉寺の釈迦堂でもお参りをしてくださいね!

西の河原公園

草津温泉_西の河原公園

西の河原公園(さいのがはらこうえん)」は、草津温泉街西側一帯に湧く温泉の源泉地になります。

現在では遊歩道や足湯地などが整備され、気軽に温泉が湧出する様子を観察したり源泉のお湯で楽しむことできるようになっています。

かつては、町の西側にあることから「西の河原」をそのまま「にしのかわら」と呼んでいたそうですが、同時に近くの別の源泉である「地蔵の河原」と合わせて「賽の河原(さいのかわら)」と呼ばれていたことから、今では「西の河原」を「さいのかわら(SAINOKAWARA)」と読んでいるとか。

また、公園には草津温泉一の面積を誇る広大な露天風呂「西の河原露天風呂」があり、こちらは現代版の共同風呂として人気を集めていますよ!

  

草津温泉へのアクセス

自動車の場合

関越道 渋川伊香保ICから長野原(大津) 経由

上信越道 碓氷軽井沢ICから中軽井沢 経由

中央道 須玉ICから佐久・中軽井沢・長野原(大津) 経由

上信越道 上田菅平IC 経由

電車・バスの場合

特急「草津」、あるいは普通列車の「高崎線」と「吾妻線」を利用し「長野原草津口駅」へ。

長野原草津口駅からJRバスで草津温泉バスターミナルへ。

   

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