今回は、昨年の夏に家族旅行で訪れた「かちかち山」こと「天上山」の観光案内に加え、民話『かちかち山』のお話もご紹介していきます! 

今日にまで残る民話や童話といった物語は、それぞれに「メッセージ性」のようなものが存在するからこそ残っているのだと僕は考えています。

その一端をこの記事で皆さんにも触れてもらい、少しでも童話や物語の世界に興味を持ってもらい、さらに関連する地に足を運んでいただければ、これ以上の喜びはありません!

と、前置きはこの辺にして早速内容に入っていきましょう!

  

👇富士五湖についてはこちらをチェック!👇

 

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かちかち山の基本情報

冒頭でも書いたように、「かちかち山」は正式な名称ではなく、山自体は「天上山」という名前です。

では、どうして「かちかち山」と呼ばれるようになったのか?

それは、太宰治の『カチカチ山』でこの天上山が「カチカチ山」として舞台設定されたことに由来するのです!

太宰治といえば、『走れメロス』や『人間失格』などの作品で有名ですね!

この『カチカチ山』というお話は、『御伽草子』に収録されている短編で、太宰治が童話『カチカチ山』の自身の解釈を物語調に書いていくというもの。

つまり、元々の民話『かちかち山』では、舞台がここ天上山であるという明記はないのです。

民話『かちかち山』と太宰治について、詳しくは後述しますのでお楽しみに! 

 

ちなみに今回の記事作成のきっかけも、太宰治です!

というのも、最近太宰治の『人間失格』をテーマにしたSFアニメーションについてと、小栗旬さん主演の映画についての記事を立て続けに目にしたんです!笑

映画ナタリー HUMAN LOST

人間失格 太宰治と3人の女たち

どちらも大変に興味を惹かれるということで、以前書いたカチカチ山についての記事をリメイクしたという訳なんです!

 

👇アニメや書評については僕の雑記ブログをご覧ください!👇
         旅狼の雑記ブログ 

  

  

かちかち山の観光案内

続いて観光案内。

観光地としてご紹介するなら「富士山パノラマロープウェイ」になります。

見所は、名前からもわかる通り天上山を登るロープウェイと、その展望台です!

  

富士山パノラマロープウェイ

ということで、まずはアクセスからご紹介!

アクセスは河口湖へ行くのとほぼ同じ

自家用車で向かう際は富士山パノラマロープウェイの専用駐車場を使うか、道路を挟んで向かいにある、河口湖畔の県営無料駐車場を利用します。

高速バスないしは電車を利用する場合は、河口湖駅へ向かい、そこから周遊バスか徒歩で乗り場へ行くことができます。

駅からは10〜15分ほどだそうですよ!

詳しくは富士山パノラマロープウェイ公式ページをご確認いただければと思います!

  

ゴンドラ

チケットを買って入場すると、タヌキが出迎えてくれます。

ロープウェイ入口では狸がお出迎え。

ちなみにチケットは「往復」と「片道」、さらには遊覧船とのセット券など、多くの種類が用意されています。

約40分のハイキングコースを使えば徒歩でも天上山を登ることができますので、プランに沿ったチケットをご購入くださいね!

 

では、ゴンドラに乗り込みます!

ゴンドラ。割とぎゅうぎゅうに詰めて乗りました。笑

 

だいぶいじっている写真で申し訳ないのですが(笑)、このように河口湖が一望できます!

こちらは山頂から。本当に素敵なところです!

上りの際は進行方向向かって左側に見えるので、そちらに陣取ると景色をより楽しめるかと思いますよ!!

カチカチ山こと天上山ロープウェイから見える河口湖は絶景

 

たぬき茶屋

山頂にあるのが「たぬき茶屋」!
そして展望台はこの茶屋の屋上にあたります。

山頂の様子。相変わらず兎が懲らしめています。

お土産を購入できたり焼きたてのお団子がいただけたりします!

茶屋でお団子をいただく♪」という粋なことができるなんて、ちょっと嬉しいですよね!
(と言っても、風情を感じるほど静かではないです。。笑笑)

山頂のたぬき茶屋の名物。きな粉の方が「うさぎ団子」、みたらしの方が「たぬき団子」。登った際はお試しあれ^ ^
和菓子大好き勢としては食べずにはいられない!

 

茶屋の前でもウサギがタヌキをいじめてましたが、ここでもウサギがタヌキを、、笑

民話のワンシーンを実際に像にしているもの、実は結構あるのですが、
こうして見るとタヌキがアホっぽく見えてしまいますし、ウサギもなかなか。。笑

シュール、ってこういうことを言うのかなと感じます…!笑

 

こちらは河口湖とは反対の、富士山側の風景!

雲がなければ右手の樹海の先に富士山があるのですが。。。また次回!

街の奥に見える緑が青木ヶ原樹海です!

そしてその先に富士山!!となるはずが、、
この日はキレイに雲に隠れてしまっていました。。

この距離なら本当に迫力ある富士山が見えると思うのですが、、、

皆さんが富士山を眺めることができるのを祈っております!
そしてまたリベンジに行きたい!!

 

そして展望台の人気スポットといえば、
天上の鐘
うさぎ神社
かわらけ投げ
なのですが、、

ごめんなさいっ!!!

完全に準備不足で、写真の用意がありません!

というわけで、今回は公式サイトの写真をお借りしてご紹介します。

 

天上の鐘

まずは「天上の鐘」!

霊峰富士」とも呼ばれる、古くから神聖なものとして讃えられた富士の山を眺めながら鐘の音を響かせれば、願いも叶うこと間違いなし!

ということで、鐘を鳴らすことで無病息災のご利益をいただけるそうですよ!

そしてこの形からもわかる通り、恋愛成就の効果もあるとか、、!!

というのも、頂けるご利益は鐘の鳴らし方によって変わるようで、こればっかりは行ってみて近くの看板を参考にしてください!笑

 

うさぎ神社

次に「うさぎ神社」!

こちらはなんと、ウサギを御神体として祀った神社になっていまして、両脇には狛犬ならぬ「狛兎」が鎮座しています!

向かって左の後ろ足で立っているウサギが「富士見兎」、右の頭を伏せているウサギが「夢見兎」という名前で、
「富士見兎」の脚に触れることで「健脚」のご利益を、「夢見兎」の頭を撫でると「知恵授受」のご利益を頂けるそう。

特に「健脚」については、この山頂から繋がっている三ツ峠を歩く方々の安全祈願と健脚も祈ってのことみたいです!

ちなみに三ツ峠は、日本二百名山、山梨百名山、日本の新・花の百名山という数々の「百名山」に選ばれており、「花の山」として親しまれています。

日本ウォーキング協会のコースにも認定されており、気軽に登山を楽しみながら富士山の眺めやたくさんの植物と触れ合うことができる名峰なんですね!

時間があれば、ゆっくりまわってみたいものですね〜〜

 

かわらけ投げ

最後が「かわらけ投げ」!

まずこの「かわらけ投げ」というのは、何もここ天上山だけのものではありません。

かわらけ」というのは漢字で書くと「土器」となり、「素焼きの陶器」のことを言います。
加えると、特に「」のことを言うそう。

つまり、素焼きの杯を投げれば「かわらけ投げ」にはなります。笑

もっとも、そんなテキトウなもののわけはなく、
元は、厄除けなどの願掛けのために高所から素焼きの器や酒器を投げていました。

以後、「高所から素焼きの器を投げる」という形を残して、花見などでの余興の一つとなったそうですね!

 

神話『磐長姫と木花開耶姫』

次に、少し神話のお話をさせてもらいます。

天上山には、「磐長姫(いわながひめ)」と「木花開耶姫(このはなのさくやびめ)」という二神が祀られています。

この2人の神は姉妹であり、磐長姫が姉で「縁結び」の女神、木花開耶姫が妹で「」の女神とされています。

神話では、妹の木花開耶姫が天照大神の孫にあたる「邇邇芸命(ににぎのみこと)」に求婚されます。

それを大変に喜んだ姉妹の父、大山津見神(おおやまつみ)は、姉の磐長姫と共に差し出します。

この際、大山津見神は「磐長姫を妻にすれば、子々孫々命が岩のように永遠となり、木花開耶姫を妻とすれば、子々孫々木や花のように華やかに繁栄するだろう」という誓約をたてます。

しかし邇邇芸命は、絶世の美女と謳われた木花開耶姫のみを娶り、見た目が醜い磐長姫は大山津見神のもとに返してしまいます。

当然大山津見神は激怒し、「磐長姫を返してきたことで、子孫は短命になるだろう」と告げました。

そしてこれが、今日の人間の短命の元になったと伝えられているのです。

 

この神話からすると、木花開耶姫が「美の女神」なのはわかりますが、磐長姫が「縁結び」というのはどうもわからないですよね〜笑

これにはさらなる解釈が必要で、磐長姫は「石長比売」とも書き、「石長」、「石(岩)のように長い」、「岩のように永遠」、「長久に変わることのない女」という解釈ができるそう。

この「変わることがない女」というのは「心変わり」のことだと思いますね。

そんなところから、「恋愛」、そして「縁結び」となったと考えられます。

、、、かなり解釈を要しますね。。笑笑

  

ともあれ、
この二神に向けての願いを想いながら的にお皿を投げ当てるというのが
天上山のかわらけ投げ
というわけなんです。

もちろん、お皿が的に当たれば願いが叶う!ということですね。

 

ちなみに蛇足の情報を一つ。笑

「縁結び」の磐長姫は、『日本書紀』では邇邇芸命との子を身ごもった妹の木花開耶姫をなんと呪っています

これによって、その後の命、つまり今の人間が短命になった、という流れになっています。

このことからなのか、実は「縁切り」の女神としても知られているようで、
神様のご利益というのは案外都合の良い解釈なのでは…と思ってしまわなくもない神話でした。。笑笑

呪っておきながら「心変わりすることがない女」なんて、ちょっとゾッとしちゃうけど大丈夫なのか。。

っと、こんなことを言ってしまったらご利益をいただけませんね!笑笑

僕は「運」はあると思っていますし、そこに「神様の何らかのお力」というのがはたらいていると考えていますので!

 

そんなわけなので、最後のは本当に蛇足でしたが(笑)、カチカチ山こと天上山の観光案内はここまで!

このトピックの最後に、降りのゴンドラ待ちの際に撮った写真を載せておきます!

山頂のゴンドラ乗り場からの風景。紅葉の季節はここが一面赤や黄色に染まるとか。

  

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かちかち山の物語

では次に、有名なかちかち山の物語をご紹介します!

保育園や幼稚園などでも読み聞かせられる物語ですが、実は原作の民話と子供向けの童話では少し内容が違います!

いろいろと面白い部分なので、その違いに注目しながらご紹介していこうと思います!

 

原作の民話(ウィキペディアより)

昔ある所に畑を耕して生活している老夫婦がいた。

老夫婦の畑には毎日、性悪なタヌキがやってきて不作を望むような囃子歌(はやしうた)を歌う上に、せっかくまいた種や芋をほじくり返して食べてしまっていた。業を煮やした翁(おきな)はやっとのことで罠でタヌキを捕まえる。

翁は、媼(おうな)に狸汁にするように言って畑仕事に向かった。タヌキは「もう悪さはしない、家事を手伝う」と言って媼を騙し、縄を解かせて自由になるとそのまま媼を杵で撲殺し、その上で媼の肉を鍋に入れて煮込み、「婆汁(ばばぁ汁)」を作る。そしてタヌキは媼に化けると、帰ってきた翁にタヌキ汁と称して婆汁を食べさせ、それを見届けると嘲り笑って山に帰った。翁は追いかけたがタヌキに逃げられてしまった。

翁は近くの山に住む仲良しのウサギに相談する。「仇をとりたいが、自分には、かないそうもない」と。事の顛末を聞いたウサギはタヌキ成敗に出かけた。

まず、ウサギは金儲けを口実にタヌキを柴刈りに誘う。その帰り道、ウサギはタヌキの後ろを歩き、タヌキの背負った柴に火打ち石で火を付ける。火打ち道具の打ち合わさる「かちかち」という音を不思議に思ったタヌキがウサギに尋ねると、ウサギは「ここはかちかち山だから、かちかち鳥が鳴いている」と答え、結果、タヌキは背中にやけどを負うこととなった。

後日、ウサギはタヌキに良く効く薬だと称してトウガラシ入りの味噌を渡す。これを塗ったタヌキはさらなる痛みに散々苦しむこととなった。

タヌキのやけどが治ると、最後にウサギはタヌキの食い意地を利用して漁に誘い出した。ウサギは木の船と一回り大きな泥の船を用意し、思っていた通り欲張りなタヌキが「たくさん魚が乗せられる」と泥の船を選ぶと、自身は木の船に乗った。沖へ出てしばらく立つと、泥の船は溶けて沈んでゆく。タヌキはウサギに助けを求めるが、逆にウサギに艪で沈められてしまう。タヌキは溺れて死に、こうしてウサギは見事媼の仇を討った。

https://ja.wikipedia.org/wiki/かちかち山

 

子供向けの童話(福娘童話集より)

むかしむかし、おじいさんの家の裏山に、一匹のタヌキが住んでいました。タヌキは悪いタヌキで、おじいさんが畑で働いていますと、

「やーい、ヨボヨボじじい。ヨボヨボじじい」
と、悪口を言って、夜になるとおじいさんの畑からイモを盗んでいくのです。
おじいさんはタヌキのいたずらにがまん出来なくなり、畑にワナをしかけてタヌキを捕まえました。

そしてタヌキを家の天井につるすと、

「ばあさんや、こいつは性悪ダヌキだから、決してなわをほどいてはいけないよ」
と、言って、 そのまま畑仕事に出かけたのです。

おじいさんがいなくなると、タヌキは人の良いおばあさんに言いました。

「おばあさん、わたしは反省しています。もう悪い事はしません。つぐないに、おばあさんの肩をもんであげましょう」

「そんな事を言って、逃げるつもりなんだろう?」

「いえいえ。では、タヌキ秘伝(ひでん)のまんじゅうを作ってあげましょう」

「秘伝のまんじゅう?」

「はい。とってもおいしいですし、一口食べれば十年は長生き出来るのです。きっと、おじいさんが喜びますよ。もちろん作りおわったら、また天井につるしてもかまいません」

「そうかい。おじいさんが長生き出来るのかい」

おばあさんはタヌキに言われるまま、しばっていたなわをほどいてしまいました。

そのとたん、タヌキはおばあさんにおそいかかって、そばにあった棒(ぼう)でおばあさんを殴り殺したのです。

「ははーん、バカなババアめ。タヌキを信じるなんて」

タヌキはそう言って、裏山に逃げて行きました。

しばらくして帰ってきたおじいさんは、倒れているおばあさんを見てビックリ。

「ばあさん! ばあさん! ・・・ああっ、なんて事だ」

おじいさんがオイオイと泣いていますと、心やさしいウサギがやって来ました。

「おじいさん、どうしたのです?」

「タヌキが、タヌキのやつが、ばあさんをこんなにして、逃げてしまったんだ」

「ああ、あの悪いタヌキですね。おじいさん、わたしがおばあさんのかたきをとってあげます」

ウサギはタヌキをやっつける方法を考えると、タヌキをしばかりに誘いました。

「タヌキくん。山へしばかりに行かないかい?」

「それはいいな。よし、行こう」

さて、そのしばかりの帰り道、ウサギは火打ち石で『カチカチ』と、タヌキの背負っているしばに火を付けました。

「おや? ウサギさん、今の『カチカチ』と言う音はなんだい?」

「ああ、この山はカチカチ山さ。だからカチカチというのさ」

「ふーん」

しばらくすると、タヌキの背負っているしばが、『ボウボウ』と燃え始めました。

「おや? ウサギさん、この『ボウボウ』と言う音はなんだい?」

「ああ、この山はボウボウ山さ、だからボウボウというのさ」

「ふーん」

そのうちに、タヌキの背負ったしばは大きく燃え出しました。

「なんだか、あついな。・・・あつい、あつい、助けてくれー!」

タヌキは背中に、大やけどをおいました。

次の日、ウサギはとうがらしをねって作った塗り薬を持って、タヌキの所へ行きました。

「タヌキくん、やけどの薬を持ってきたよ」

「薬とはありがたい。まったく、カチカチ山はひどい山だな。さあウサギさん、背中が痛くてたまらないんだ。はやくぬっておくれ」

「いいよ。背中を出してくれ」

ウサギはタヌキの背中のやけどに、とうがらしの塗り薬をぬりました。

「うわーっ! 痛い、痛い! この薬はとっても痛いよー!」

「がまんしなよ。よく効く薬は、痛いもんだ」

そう言ってウサギは、もっとぬりつけました。

「うぎゃーーーーっ!」

タヌキは痛さのあまり、気絶してしまいました。

さて、数日するとタヌキの背中が治ったので、ウサギはタヌキを釣りに誘いました。

「タヌキくん。舟をつくったから、海へ釣りに行こう」

「それはいいな。よし、行こう」

海に行きますと、二せきの舟がありました。

「タヌキくん、きみは茶色いから、こっちの舟だよ」

そう言ってウサギは、木でつくった舟に乗りました。

そしてタヌキは、泥でつくった茶色い舟に乗りました。

二せきの船は、どんどんと沖へ行きました。

「タヌキくん、どうだい? その舟の乗り心地は?」

「うん、いいよ。ウサギさん、舟をつくってくれてありがとう。・・・あれ、なんだか水がしみこんできたぞ」

泥で出来た舟が、だんだん水に溶けてきたのです。

「うわーっ、助けてくれ! 船が溶けていくよー!」

大あわてのタヌキに、ウサギが言いました。

「ざまあみろ、おばあさんを殺したバツだ」

やがてタヌキの泥舟は全部溶けてしまい、タヌキはそのまま海の底に沈んでしまいました。

http://hukumusume.com/douwa/pc/jap/04/01.htm

 

はい。

ほとんど引用です。ごめんなさい。笑

ともあれ、この2つの文章をポイントごとに比べていきたいと思います!

 

婆汁について

原作は、
狸が嫗(おばあさん)を殺し、「婆汁」を翁(おじいさん)に飲ませる』という、
有名ではありますが冷静に読むと中々グロテスクな内容です(笑)

グロテスクがゆえに有名、なのかもしれませんが。。笑

対して子供向けの童話では、このシーンはカットされています。

まあ、、当然といえば当然でしょうか。笑笑

 

たぬきのおばあさん殺害

今回取り上げた子供向けの作品では、原作同様タヌキはおばあさんを殺しています
しかも「撲殺」の部分もそのままと、なかなかに原作に忠実ですね!笑

しかし物によっては、このシーンは殺害ではなく「引っかいた」とか「怪我を負わせた」というように、かなりオブラートに包まれているそうですよ。

このご時世、こういったところは厳しいですからね〜

 

おじいさんの行動

おばあさんがたぬきによって殺されてしまった後の、その後のおじいさんの対応も若干違います。

原作は、
翁が「狸を追いかけ、兎に相談する
という自発的な行動が見られるのに対し、

子供向け作品では、
オイオイと泣いている」おじいさんのもとに「心優しい」ウサギが来てくれる

という描写になっています。

 

ここからは僕の考察になるのですが、

原作が書かれたのは「男尊女卑」の考え方が残る時代であり、「男は強いもの」として描かれているのではないでしょうか。

また、人間の翁から動物の兎に相談を持ちかけることで
あくまで世の中の主体は人間である
という考え方(人間中心主義とでもいいましょうか)も見えるように感じます。

対して子供向けの童話あるある(だと僕は思っている(笑))の
おじいさんが泣いているところに動物が来てくれる
という描写は、
動物への愛着が湧くような描写」と言えると考えています。

モラルや対人感情の構築に重要な時期にこうした作品に多く触れることは、のちの成長に影響してくるのではないでしょうか。

さらに、先ほどご紹介した「タヌキがおばあさんを殺さない」子供向けの作品の場合、
ウサギの仕打ちはある意味、タヌキに対して非常に酷なものだと言えるでしょう。

「何もそこまでやらなくても。。」
「たぬきさんかわいそう!」
みたいな。

この「タヌキへの同情、哀れみ」が、「共感」や「慈悲深さ」といった感情を育むことに繋がるとも考えられますよね!

 

こう色々考えると、、
「教育も大変だな〜」
としみじみ感じてしまいますね!笑

ちなみに僕は、断然原作派です!!

何事も手が加えられていないものがやはり良いと感じてしまいますね〜〜

 

 

太宰治の『カチカチ山』

さて、ここで「もう一つのかちかち山」である、太宰治の『御伽草子』に収録されている『カチカチ山』をご紹介します!

最初に読んだ感想を述べてしまうと、
太宰治の作品の捉え方や発想力に改めて感嘆しましたし

何よりこの『かちかち山』の物語がより面白く感じられるようになりました!!

 

あらすじとしては、太宰治が『かちかち山』の自身の解釈を物語調に書いていくというかんじ。

その中で太宰は、
兎のかなりねちっこくいやらしい復讐劇を

武士道とか正々堂々とかの観念を既に教育せられてゐる者には、この兎の懲罰は所謂「やりかたが汚い」と思はれはせぬか、これは問題だ、と愚かな父は眉をひそめたといふわけである。

青空文庫 太宰治 『お伽草子』

と表現し、同時に、

安心し給へ。私もそれに就いて、考へた。さうして、兎のやり方が男らしくないのは、それは当然だといふ事がわかつた。この兎は男ぢやないんだ。それは、たしかだ。この兎は十六歳の処女だ。いまだ何も、色気は無いが、しかし、美人だ。

青空文庫 太宰治 『お伽草子』

と言っています。

つまり、
兎を「十代そこそこの清らかな乙女」と表現したのです!

しかもその後に、

さうして、人間のうちで最も残酷なのは、えてして、このたちの女性である。

青空文庫 太宰治 『お伽草子』

と言っています。

清らかな乙女の純粋さほど残酷なものはない
ということですね!笑

この辺りの表現の仕方は、本当に「さすがっ!!!」という他ないですね〜〜

またこの処女の潔癖すぎる潔癖症の例えをギリシア神話のアルテミスを例にして説明しているところも、神話好きの僕としては非常に面白いところですね!!

自分の水浴してゐるところを覗き見した男に、颯つと水をぶつかけて鹿にしてしまつた事さへある。水浴の姿をちらと見ただけでも、そんなに怒るのである。手なんか握られたら、どんなにひどい仕返しをするかわからない。

青空文庫 太宰治 『お伽草子』

これは「アルテミスとアクタイオンの物語」ですね!

そんな乙女な兎に対して、狸はというと

けれども、男は、それも愚鈍の男ほど、こんな危険な女性に惚れ込み易いものである。さうして、その結果は、たいていきまつてゐるのである。

疑ふものは、この気の毒な狸を見るがよい。狸は、そのやうなアルテミス型の兎の少女に、かねてひそかに思慕の情を寄せてゐたのだ。

青空文庫 太宰治 『お伽草子』

と書かれているように、
清らかな乙女を恋い慕う愚かな男
という表現をされています。笑

しかも、この狸たるや、アルテミス型の少女に惚れる男のごたぶんにもれず、狸仲間でも風采あがらず、ただ団々として、愚鈍大食の野暮天であつたといふに於いては、その悲惨のなり行きは推するに余りがある。

青空文庫 太宰治 『お伽草子』

とまでの言われようです。。

兎に芝刈りに誘われた狸の様子なんて

狸の働き振りを見るに、一心不乱どころか、ほとんど半狂乱に近いあさましい有様である。

青空文庫 太宰治 『お伽草子』

と表現されています。

読みながら一人でにやけてしまいましたよ!笑笑

カチカチと狸が背負う草に火をつけるシーンもなかなかシュールですし、
火傷を負った狸に唐辛子軟膏を塗るシーンでは、兎は商人のふりをして狸に近づきます。

「や! お前は、兎。」
「ええ、兎には違ひありませんが、私は男の薬売りです。ええ、もう三十何年間、この辺をかうして売り歩いてゐます。」
「ふう、」と狸は溜息をついて首をかしげ、「しかし、似た兎もあるものだ。三十何年間、さうか、お前がねえ。いや、歳月の話はよさう。糞面白くもない。しつつこいぢやないか。まあ、そんなわけのものさ。」としどろもどろのごまかし方をして、「ところで、おれにその薬を少しゆづつてくれないか。実はちよつと悩みのある身なのでな。」
「おや、ひどい火傷ですねえ。これは、いけない。ほつて置いたら、死にますよ。」
「いや、おれはいつそ死にてえ。こんな火傷なんかどうだつていいんだ。それよりも、おれは、いま、その、容貌の、――」
「何を言つていらつしやるんです。生死の境ぢやありませんか。やあ、背中が一ばんひどいですね。いつたい、これはどうしたのです。」
「それがねえ、」と狸は口をゆがめて、「パチパチのボウボウ山とかいふきざな名前の山に踏み込んだばつかりにねえ、いやもう、とんだ事になつてねえ、おどろきましたよ。」
兎は思はず、くすくす笑つてしまつた。狸は、兎がなぜ笑つたのかわからなかつたが、とにかく自分も一緒に、あははと笑ひ、

青空文庫 太宰治 『お伽草子』

なかなかに邪悪な兎と、愚かすぎる狸ですね。。

火傷と想像を絶する痛みから持ち前のしぶとさで生還した狸が再び兎を訪ねた際などは、

「あら!」と兎は言ひ、ひどく露骨にいやな顔をした。なあんだ、あなたなの? といふ気持、いや、それよりもひどい。なんだつてまたやつて来たの、図々しいぢやないの、といふ気持、いや、それよりもなほひどい。ああ、たまらない! 厄病神が来た! といふ気持、いや、それよりも、もつとひどい。きたない! くさい! 死んぢまへ! といふやうな極度の嫌悪が、その時の兎の顔にありありと見えてゐる

兎が、あら! と言ひ、さうして、いやな顔をしても、狸には一向に気がつかない。狸には、その、あら! といふ叫びも、狸の不意の訪問に驚き、かつは喜悦して、おのづから発せられた処女の無邪気な声の如くに思はれ、ぞくぞく嬉しく、また兎の眉をひそめた表情をも、これは自分の先日のボウボウ山の災難に、心を痛めてゐるのに違ひ無いと解し、
「や、ありがたう。」とお見舞ひも何も言はれぬくせに、こちらから御礼を述べ、

青空文庫 太宰治 『お伽草子』

とあります。

もう辛辣すぎます。。

そして、、

兎はもうさつきから、早く帰つてもらひたくてたまらなかつた。いやでいやで、死にさうな気持。何とかしてこの自分の庵の附近から去つてもらひたくて、またもや悪魔的の一計を案出する。
「ね、あなたはこの河口湖に、そりやおいしい鮒がうようよゐる事をご存じ?」

青空文庫 太宰治 『お伽草子』

と、ラストシーンへとつながっていきます!

「ひやあ!」と脚下に奇妙な声が起る。わが親愛なる而して甚だ純真ならざる三十七歳の男性、狸君の悲鳴である。「水だ、水だ。これはいかん。」
「うるさいわね。泥の舟だもの、どうせ沈むわ。わからなかつたの?」
「わからん。理解に苦しむ。筋道が立たぬ。それは御無理といふものだ。お前はまさかこのおれを、いや、まさか、そんな鬼のやうな、いや、まるでわからん。お前はおれの女房ぢやないか。やあ、沈む。少くとも沈むといふ事だけは眼前の真実だ。冗談にしたつて、あくどすぎる。これはほとんど暴力だ。やあ、沈む。おい、お前どうしてくれるんだ。お弁当がむだになるぢやないか。このお弁当箱には鼬の糞ふんでまぶした蚯蚓のマカロニなんか入つてゐるのだ。惜しいぢやないか。あつぷ! ああ、たうとう水を飲んぢやつた。おい、たのむ、ひとの悪い冗談はいい加減によせ。おいおい、その綱を切つちやいかん。死なばもろとも、夫婦は二世、切つても切れねえ縁えにしの艫綱ともづな、あ、いけねえ、切つちやつた。助けてくれ! おれは泳ぎが出来ねえのだ。白状する。昔は少し泳げたのだが、狸も三十七になると、あちこちの筋すぢが固くなつて、とても泳げやしないのだ。白状する。おれは三十七なんだ。お前とは実際、としが違ひすぎるのだ。年寄りを大事にしろ! 敬老の心掛けを忘れるな! あつぷ! ああ、お前はいい子だ、な、いい子だから、そのお前の持つてゐる櫂をこつちへ差しのべておくれ、おれはそれにつかまつて、あいたたた、何をするんだ、痛いぢやないか、櫂でおれの頭を殴りやがつて、よし、さうか、わかつた! お前はおれを殺す気だな、それでわかつた。」と狸もその死の直前に到つて、はじめて兎の悪計を見抜いたが、既におそかつた。
ぽかん、ぽかん、と無慈悲の櫂が頭上に降る。狸は夕陽にきらきら輝く湖面に浮きつ沈みつ、
「あいたたた、あいたたた、ひどいぢやないか。おれは、お前にどんな悪い事をしたのだ。惚れたが悪いか。」と言つて、ぐつと沈んでそれつきり。
兎は顔を拭いて、
「おお、ひどい汗。」と言つた。

青空文庫 太宰治 『お伽草子』

、、、もはや悪女。笑

こうして物語が終わりを迎え、太宰はこう締めくくっています。

ところでこれは、好色の戒めとでもいふものであらうか。十六歳の美しい処女には近寄るなといふ深切な忠告を匂はせた滑稽物語でもあらうか。或いはまた、気にいつたからとて、あまりしつこくお伺ひしては、つひには極度に嫌悪せられ、殺害せられるほどのひどいめに遭ふから節度を守れ、といふ礼儀作法の教科書でもあらうか。
或いはまた、道徳の善悪よりも、感覚の好き嫌ひに依つて世の中の人たちはその日常生活に於いて互ひに罵り、または罰し、または賞し、または服してゐるものだといふ事を暗示してゐる笑話であらうか。
いやいや、そのやうに評論家的な結論に焦躁せずとも、狸の死ぬるいまはの際の一言にだけ留意して置いたら、いいのではあるまいか。
曰く、惚れたが悪いか。
古来、世界中の文芸の哀話の主題は、一にここにかかつてゐると言つても過言ではあるまい。女性にはすべて、この無慈悲な兎が一匹住んでゐるし、男性には、あの善良な狸がいつも溺れかかつてあがいてゐる。作者の、それこそ三十何年来の、頗る不振の経歴に徴して見ても、それは明々白々であつた。おそらくは、また、君に於いても。

青空文庫 太宰治 『お伽草子』

 

太宰治はこの物語を通じて、ある種の風刺、ないしは世の教訓を表現したのでしょう。

色恋沙汰に目が眩んでいるようでは、破滅をもたらすだけだ

そんなメッセージを感じますね!

 

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まとめ

さてさて、ここまで3つの『かちかち山』をご紹介しましたがいかがでしたでしょうか??

このような、
観光地と文学の関係」や「観光地の歴史
に触れておくと、

より一層その地に愛着が湧きますし、訪問の際によりより一層楽しめるのではなかろうかと思います!!

というか、僕はそうなのでおすすめします!!笑

ですのでぜひみなさんも、
ご自身でその地について少し調べてから訪問してみてくださいね!!