みなさんこんにちは!旅狼かいとです!

今回ご紹介する観光案内は、京都市街地北部に佇む貴船神社です!

京都随一のパワースポットとして、さらには縁結びのご利益でも非常に有名な神社であり、灯籠と階段の参道風景も京都屈指のフォトスポットとして知られていますよね!

秋には紅葉の名所としても名高く、春夏秋冬どの季節でも京都観光をする際は間違いなく候補地となる貴船神社

いったいどんな神社なのか…

見どころやオススメポイントはもちろんのこと、ご利益や歴史など貴船神社をより一層楽しむための情報をお届けしていきます!

  

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貴船神社の見どころ

貴船神社_灯籠の参道

早速、貴船神社に行ったら絶対に外せないオススメスポットからご紹介していきます!

三社詣

貴船神社は「本宮」「奥宮」「結社」の三社が並んで立っているのが特徴で、この三社を順々に参ることを「三社詣」と呼びます。

坂の下から、「本宮」「結社」「奥宮」と並んでいますが、正しい三社詣は「本宮→奥宮→結社」の順でめぐります

本宮

貴船神社_本宮

貴船山の麓に佇む貴船神社において中核をなすのが「本宮」です。

創建の地である奥宮が洪水で流損したため、天喜3年(1055年)に移設されたものが現在の本宮になります。

以来、数十回にもおよぶ御造替(ごぞうたい)が行われてきた貴船神社の本宮、現在の本宮は平成19年(2007年)に基礎からすべてを一新し建て替えられたものになります。

本宮に祀られているのは、水神の「高龗神たかおかみのかみ、淤加美神とも)」

日本神話における「神産み」において、火の神「加具土(かぐつち、軻遇突智などとも)」が生まれた際、母である伊邪那美命(いざなみのみこと、伊弉冉命とも)は陰部に火傷をおい、これがもとで死んでしまいます。

それに怒った夫の伊邪那岐命(いざなぎのみこと、伊奘諾尊とも)が、十拳剣で加具土を斬り殺した亡骸(または滴る血)から生まれたのが、高龗神です。

火は人にとって大切なものですが、使い方を間違えると大きな災いを招くこともある。

そんな荒ぶる火を鎮めるため、火の神から水の神が誕生したという解釈がなされています。

水の神であり雨の神でもある高龗神

古くから貴船神社では、雨乞いの儀式も盛んに行われてきた地でもあるのです。

  

霊泉と水占みくじ
貴船神社_水占みくじ

社殿前にたまる水は貴船神社の「霊泉」であり、この貴船山の湧き水に紙を浮かべると文字が浮かぶ「水占みくじ(みずうらみくじ)が有名ですね!

貴船神社にきたらこの水占いは絶対にやっておきたい!!

  

奥宮

貴船神社_奥宮

奥宮」は貴船神社創建の地であり、森に囲まれた神聖な場所です。

実際に行ってみると、奥宮の地に足を踏み入れたとき”フッと”何かが透き通る感覚になったことを今でも覚えています…!
(これは結構まじ。笑)

伝説上において貴船神社は、神武天皇の母である「玉依姫命(たまよりひめのみこと)」が黄色い船に乗って淀川・鴨川・貴船川と遡ってこの地に上陸し、水神を祀るために創建したといわれています。

その際、玉依姫命は黄船を人目に触れないように石で囲んだと伝えられており、今も苔むした岩「船形石」が奥宮本殿の側に祀られています。

また、本殿の真下には、陰陽道や古代道教などにおいて”繁栄する地”の証である「龍穴」が存在し、社はその上に創建されました。

奥宮に祀られているのは「闇龗神(くらおかみのかみ、淤加美神とも) 」。

闇龗神は『古事記』において、加具土を切った刀の柄から滴り落ちた血から闇御津羽神(クラミツハ)とともに生まれたとされており、「高龗神(たかおかみのかみ)」と同一視される神です。
(貴船神社では、本宮も奥宮もどちらの祭神も「高龗神」としています。)

  

結社(縁結びの社)

貴船神社_結社

貴船神社の中社として「縁結び」で有名なのが「結社(ゆいのやしろ)」です。

祭神の「磐長姫命(いわながひめのみこと)」は、日本神話において「縁結び」の女神とされており、「美」の女神「木花開耶姫(このはなのさくやびめ)」の姉にあたります。

美の女神たる妹の木花開耶姫は”絶世の美女”と謳われているのに対し、縁結びの女神たる姉の磐長姫の見た目は妹には遠くおよばないものだったといいます。

そんな女神姉妹が暮らしていたある日、美の女神たる妹の木花開耶姫は、天照大神の孫であり初代天皇・神武天皇の曽祖父にあたる「邇邇芸命(ににぎのみこと)」に求婚されます。

天照大神といえば日本神話における主神。

そんな女神さまの孫からの求婚ですので、当然、姉妹の父である「大山津見神(おおやまつみ)」は大変に喜び、求婚された妹の木花開耶姫のみならず姉の磐長姫も共に差し出します。

しかし邇邇芸命は妹の木花開耶姫のみを娶り、磐長姫は父のもとに返してしまったのです。

磐長姫はこの出来事を大変に恥じ、「吾ここに留まりて人々の良縁を授けよう」と貴船神社の結社に鎮座したことから、、

ここが縁結びの地とされたという伝承が残っています。

貴船神社_結社の石船

また、平安時代には時代を代表する優れた女流歌人として知られる「和泉式部が夫の心変わりに思い悩んだ際にこの結社を参拝し、歌を捧げて祈ったところその願いが見事に叶ったという逸話も残されています。

このエピソードから、以来貴船神社の結社は「恋の宮」と称されるようになったのです。

ちなみに、人の寿命が現在の長さになったことにも、磐長姫命・木花開耶姫と邇邇芸命の物語は関わっているのですよ!詳しくはこちらの「富士山 かちかち山」の観光案内をご覧ください!

  

絵馬発祥の地として

貴船神社_絵馬発祥の神社

古来より歴代天皇は、干ばつの時には黒馬を、長雨には白馬を奉納して神社に天候を祈願をしていました。

そして、貴船神社は水の神であり雨の神でもある「高龗神(たかおかみのかみ)」を祭神として祀る神社です。

つまり、雨に関わる祈祷が盛んに行われてきた神社でした。

馬を用いた祈雨は、のちに生きた馬から馬形の板に着色した「板立馬」を奉納する形に変わっていきます。

そして板立馬は今日の絵馬へと形を変えていき、江戸時代に入った頃には「”個人が”願いを小型の絵馬に書いて奉納する」という形へと繋がっていったのでした。

この繋がりから、雨に関わる祈祷が盛んだった貴船神社が「絵馬発祥の社」とされるようになったのですよ!

発祥の地なら、、ということで、なんだかいつもより願いが叶いそうな気がしますよね!

  

貴船神社の観光情報

貴船神社参道と貴船川

本宮 開門時間

5/1~11/30

6:00~20:00

12/1~4/30

6:00~18:00

授与所受付時間

9:00~17:00(水占みくじ、御守、御朱印などの授与受付)

年中無休、年末年始は特別時間で開門

積雪日限定のライトアップも開催される

料金

参拝無料

アクセス

叡山電鉄 貴船口駅 から京都バス33系統 で約4分

  

貴船神社の歴史

貴船神社_奥宮

貴船神社の創建の年代については、今なお詳しいことはわかっていません。

しかし社伝には、前ページの「奥宮」の紹介に書いた「玉依姫命(たまよりひめのみこと)」の伝説が残されています。

神武天皇の母である玉依姫命が黄色い船に乗って淀川・鴨川・貴船川を遡り、現在の奥社の地に水神を祀ったことがはじまりとされています。

社名「貴船」の由来は、玉依姫命が乗っていた「黄船」によるものとされているほか、

その神聖でどこか厳かな雰囲気(龍穴があるともいわれていますからね)から、「気の生ずる根源」という意味で「氣生根」と呼ばれていたという説もあります。

貴船神社参道と貴船川

最も古い社殿造替えの記録が白鳳6年(666年)であることから、少なくともこの時代より以前に創建されたのは間違いないとされています。

保延6年(1140年)には、神道における最高位である正一位の神階を授けられるなど、朝廷からの信仰も篤かった貴船神社。

長らく、同じく創建に玉依姫命が関わっている「賀茂別雷神社(上賀茂神社)」の摂社とされてきましたが、明治以降になって独立の神社となった歴史ももちます。

そのため、江戸時代までは上賀茂神社の祭神である賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)も祭神としていました。

現在では観光地として屈指の人気を誇る貴船神社ですが、その歴史は意外と知られていないことが多いようですね。

ただそれが、過去の伝説や逸話を惹き立たせることに繋がっているともいえそうですね…!

  

丑の刻参りと貴船神社

貴船神社の結社_丑の刻参り

パワースポット、水占い、縁結びの神社として知られる貴船神社ですが、もう一つ特徴としてあげられるものがあります。

それが、「縁切りの神」や「呪咀神」としての信仰なのです…!

実は貴船神社、「丑の刻参り(うしのこくまいり)」でも有名な神社なのです!

丑の刻参り(丑の時参り)とは、丑の刻(午前1時から午前3時ごろ)に行われたことから名付けられた古来から日本に伝わる呪術の一つです。

典型的なスタイルは、嫉妬心を抑えられなくなった女性が白装束を身にまとい、顔に白粉を塗り、頭に五徳(鉄輪)をかぶり、そこに三本のロウソクを立て、髪を振り乱しながら神社の御神木に憎い相手に見立てた藁人形を五寸釘で打ち込むという行為です。
俗に、藁人形に釘を打ち込む、あれ。笑

連夜この呪いを続けると、七日目で満願となってはれて対象の相手を死にいたらしめることができますが、呪詛の場面を他人に見られると効力が失せると信じられていたそうです。

この丑の刻参りが行われていたという逸話から、貴船神社は「縁切りの神」や「呪咀神」としても知られているのです。

ではなぜ、貴船神社が丑の刻参りの”聖地”となってしまったのでしょうか??

実はもともとが、貴船明神が貴船山に降臨したのが「丑の年の丑の月の丑の日の丑の刻」だったという伝説から、「丑の刻に参拝して願いを掛けることで願いが叶う」と信じられていたことが発端だったそうなのです!

なので原型は心願成就の方法だったはずなのですが、、

いつの間にやら呪咀の要素が強くなってしまったようなのです。

平安時代にはすでに、夜遅くに貴船神社へ参拝する風習が存在したようなので、早い段階で願いの形が変質していったようですね。

貴船神社の神泉_丑の刻参り

これは僕の推測ですが、、

人の願いというのは、必ずしもポジティブなものではないし、必ずしも自分のみに向くとも限りませんよね。

「こうなりたい!」「これを叶えたい!」「あの人にこうなってほしい!」「振り向いてほしい!」という願いだけでなく、「こうなってしまえばいいのに…」「あの人さえいなければ…」という感情もわきます。

そしてそうした人に向けられたネガティブな感情もまた、「願い」になりうる。

それを願う場所が、京の中心地から遠く離れた山の中ともなれば、「一目につかないのなら…」という心願成就の方法、すなわち呪術の類が生まれても不思議じゃない、

という流れなのではないでしょうか。

いずれにしても、こうしたすべてが善性ではないというところがなんとも「人」らしくていいなぁと僕は感じています!

  

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