スポンサーリンク

鞍馬寺の歴史

鞍馬寺双剣については、寺に伝わる『鞍馬蓋寺縁起(あんばがいじえんぎ)』に伝えられているものが最古の伝説になります。

それによると、、

奈良時代に活躍した僧侶「鑑真」の弟子「鑑禎」が、夢のお告げと白馬の導きで鞍馬山に登ったところ、鬼女に襲われてしまいます。

しかし、その危機を毘沙門天に助けられたことをきっかけにして、鑑は毘沙門天を祀る草庵を鞍馬に結びました。

これが、鞍馬寺の始まりとされています。

ただ、『今昔物語集』や『扶桑略記』など書物には別の伝承が見られ、それらによると、、

藤原南家の出身で造東寺長官を務めた藤原伊勢人は、自分が信仰する観音菩薩を祀る寺を建てたいと考えていました。

そんな伊勢人はある日、夢のお告げにしたがって白馬の後を追い、鞍馬山を登りました。

しかしそこにあったのは、毘沙門天を祀る小堂(上述の鑑禎が建てたものだと言われる)があったのです。

「私は観音を信仰しているのに、ここに祀られているのは毘沙門天ではないか」と、伊勢人は訝しがりますが、その晩、伊勢人の夢に一人の童子が現われ、こう告げたといいます。

「観音も毘沙門天も名前が違うだけで、実はもともと1つのものなのだ」

こうして伊勢人は、毘沙門天が祀られた堂に千手観音の像をつくって安置し、鞍馬寺を創建したといいます。

複数の書物に記されており、お隣の貴船神社に伝わる歴史にも合致するため、この藤原伊勢人の創建伝説が史実であると考えられています。
(鑑禎のエピソードはいまだ本当にあったことなのかが定かではありませんが、南都(奈良)の僧侶が関わっている点は注目に値すると言われているそうです。)

真言宗から天台宗に改宗した平安時代には、白河上皇藤原道長・頼通、藤原師通など政治の中心にいた人物たち、そして平安王朝に仕えていた多くの女流文学者も鞍馬山に来山したと伝えられています。

実際、清少納言は『枕草子』で、菅原孝標女は『更級日記』でそれぞれ鞍馬寺の様子を記しており、紫式部『源氏物語』の『若紫巻』で、光源氏と紫上(若紫)が出逢った場所「北山のなにがし寺」として鞍馬寺を描いています。

そんな時代の中、源義経(牛若丸、遮那王)が7歳の頃に鞍馬寺に預けられ、16歳の頃まで仏道修行を、そして僧正ガ谷で天狗から兵法を授けられていたと伝えられているのです。

戦国時代には、武田信玄や豊臣秀吉、徳川家康などの武将も戦勝祈願を行っており、また、京都の奥にある鞍馬山は山岳信仰や山伏による密教も盛んでした。

江戸時代におきた焼失を期に一度は衰退してしまった鞍馬寺でしたが、明治時代に入ると少しずつ復興が進み、信楽香雲(しがらきこううん)が住職を務めていた1947年(昭和22年)に鞍馬弘教を開宗します。

そして1949年(昭和24年)に天台宗から独立し、鞍馬弘教総本山となりました。

現代に入ると、源義経と天狗の伝説、さらには鞍馬寺独特の雰囲気によって密かな観光地人気を集めることになったのです。

  

鞍馬寺へ実際に行ってみた!

ではお次は、実際に鞍馬寺へ行ってきた際の様子を写真とともにご紹介していきますよ!

まずは山門「仁王門へ」!

出町柳駅から向かうことできる叡山電鉄「鞍馬駅」。駅からすぐ、階段を登った先に、鞍馬寺山門「仁王門」はあります
ちなみに駅にはこんな天狗も…!
いよいよですね!
 仁王門
ここから先が、神域です。
狛”虎”ですね!
参道への第一歩。
この道の雰囲気も素敵です…!
普明殿。ここからケーブルカーが発着しています。

いざ、九十九折参道へ!

最初はこの風景
小さな滝、かな?
こちらが放生池。あいにくの悪天候の影響からか、濁りきってしまっていますね。。笑
吉鞍稲荷社です!
全体像。ちょっとくたびれ感がありますが、それもまた”味”というもの。夜に来たらまた雰囲気が違ってそうですね。
こちら、「魔王の滝」と呼ばれる滝です。
こちらが「鬼一法眼社」なのですが、、どうやら豪雨・強風でやられてしまったそうですね。。

由岐神社を参拝します!

九十九折参道を少し進んでいくと「由岐神社」に向かうことができます!
手水舎もあり、れっきとした一つの神社となっています。
重厚な雰囲気、いいですね〜♪
小さな敷地に様々な社や舞殿などが凝縮されている印象でした!

再び九十九折参道を歩きます!

ここから本格的に九十九折参道を歩いていきます!

こちらは「義経公供養塔」。その名の通り、源義経を供養した石碑となっています。
こちらは「いのち」と名付けられた像で、鞍馬山の本尊である尊天を具象化したものだといいます。
像の下部が「一切を平等に潤す慈愛の心」をあらわす大海原、円型の環は「曇りなき真智の光明」、そして中央を貫くのは「すべてを摂取する大地の力強い活力」をあらわす山を象徴しています。
見どころは前半部分に凝縮されており、、
後半は本格的な参道ハイキングになります!
あいにくの天気でしたが、かえってそれがよい雰囲気になっていましたね…!!
歩き…
階段を登り…
歩き……
階段を登る……!!
途中見える風景はなかなかに清々しいものがありましたよ!
この道とか、なかなかよい風景ですよね!
そして、、突然現れたこの塔が「多宝塔」になります!
多宝塔近くのケーブルカー乗り場からの風景です!木々が結構ぼろぼろなのが、ちょうど豪雨明けだったことを彷彿とさせます。
最後のもう一歩きです!
標高が上がるにつれて、霧(か雲)がかかってくるようになりましたね。
天狗、出てきそうじゃあないですか…!!
そろそろゴールですね!!

本殿「金堂」に到着!

ということで、、
ついに本堂の「金堂」に到着しました!
高いところにあるお寺あるある。
「ここから下界を眺められるスポット」
こちらが金堂の前のパワースポット石畳「金剛床(こんごうしょう)」。
尊天の波動を感じることが、、残念ながら僕はできませんでしたね。笑
ただ、鞍馬寺に来たらここに一度は立っておきたい名物スポットなのは間違いないですよ!
本堂横にも、もちろん狛犬ならぬ狛虎。
本殿前はこんなかんじ。
尊天さま、エネルギーいただきました!!
本殿横にはちょっとしたお屋敷も。
なんだろう、弁慶っぽくない、これ?
ではでは、、”真の鞍馬寺”たる奥の院参道へ向かいます!

鞍馬寺の最深部「奥の院」へ!

鞍馬寺の奥の院へは、本殿の金堂からさらに30分ほど歩いたところにあります。
奥の院参道に入ってすぐのところには、霊宝殿(鞍馬山博物館)があります。
今回はガッツリスルーしてますが(笑)、鞍馬寺や牛若丸こと源義経、さらには天狗について知りたい方には嬉しい展示が盛りだくさんですよ!
こちらは与謝野晶子の書斎です。
なぜこんなところに与謝野晶子の書斎が、、と思う人も多いでしょう。
実は与謝野晶子、
遮那王が 背比べ石を山に見て わがこころなほ 明日を待つかな
という和歌を詠んだことで知られているのですよ!
こちらは「屏風坂の地蔵堂」
このあたりから、牛若丸が天狗から修行をつけてもらっていたという「僧正ガ谷」に入っていきます。

これが、木の根道…!

奥の院参道の最初の”牛若丸スポット”が、この「木の根道」です!
遊び感覚で根を飛びまわっていれば、確かに「壇ノ浦の八艘飛び」も可能になりそう、、かな!笑
もちろん、道はまだまだ続きます!

僧正ガ谷不動堂、牛若が天狗と出会った場所

続いて見えてくるのが「僧正ガ谷不動堂」です。
単に「不動堂」と呼ばれることもあるこの地で、”遮那王”牛若丸は天狗と出逢ったと伝えられています。
ここにも金堂前の六芒星に似た石畳が…!
どこか不思議な雰囲気を醸し出す御堂でした。
ここからしばらくは、道を登ったり降ったりを繰り返しました。
鬱蒼とした山を歩き続けます…!

奥の院・魔王殿

ついに到着しました!奥の院「魔王殿」です!
上が開ているぶんか、むしろ不動堂の方が重々しい雰囲気を感じたのですが、、それを言うのは野暮というものですね…!
(もう言ってるけどね。笑)
ここまで来ましたよ、牛若丸さん!

このまま貴船神社へ向かいます!

ということで、ここまでで鞍馬寺参拝そのものはおしまいなのですが、ここで引き返すというのももったいない。

ということで、このまま道を進むと着くことができる「貴船神社」を目指していきます!

ちなみに、奥の院から貴船神社まではさらに20〜30分の道のりになります。
しかも、ずっと山道を降っていくということで、、
結構頑張って歩かないといけないのが注意です。
道路が見えました!
ついに鞍馬寺の西門に到着です!
あとは貴船神社の参道を進みます。

貴船神社です!

貴船神社に到着!
貴船神社についてはまた別の記事でご紹介していきますので、こうご期待ください!!

   

スポンサーリンク

鞍馬寺のまとめ

鞍馬寺の参道

ということで、今回は鞍馬寺の観光案内をお届けしてきました!

牛若丸・源義経と非常に縁深い鞍馬寺。

天狗が住まうと伝えられながら京都北部の守護をに担ってきた神山には、やはりどこか不思議な雰囲気があったように思います。

神秘が集まる京都の中でもちょっぴり異質なこの鞍馬寺へ、あなたもぜひ足を伸ばし、一度訪れてみてください!

きっと京都の新たな魅力を発見できること、間違いなしですよ!

👆「牛若丸」こと源義経の偉人伝はこちら!

   

1 2