今回ご紹介するのは、「最後の偉大な王」の異名を誇るラムセス3世の葬祭殿、メディネト・ハブことラムセス3世葬祭殿になります!

このラムセス3世葬祭殿は、ただ偉大なファラオに関わる遺跡というだけでなく、エジプト屈指の保存状態を誇る非常に貴重な遺跡でもあるのです。

数千年の時を経て今なおファラオの威光を示す葬祭殿。

まさに、古代エジプトを感じるにはうってつけの場所でした!!

 

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ラムセス3世について

まずは、ファラオラムセス3世について軽くご紹介。

古代エジプトの歴史の中でも最も強大かつ優れた大王だったとされるラムセス2世

この大王の死から数十年経った古代エジプトでは、次第に政治的な混乱が目立つようになってきました。

そんな時代に建てられた、今までのファラオの直系ではないセトナクトというファラオから始まる王朝が第20王朝であり、即位から数年で死去したセトナクトの跡を継いだのが、息子のラムセス3世でした。

ラムセス3世は、”エジプト帝国のファラオ”として大々的な軍事行動と建築事業を行った最後のファラオであることから、「最後の偉大な王」と呼ばれています。

ラムセス3世の功績の中で最も大きなものは、当時エーゲ海から小アジアで暗躍し、各国に大打撃を加えていた「海の民」と呼ばれる海賊集団を撃退したことです。

古代ギリシアのミケーネ文化崩壊後の「暗黒時代」にも関わっているとされる「海の民」の撃退は、世界史規模で見ても非常に大きな出来事とされています。

また、お隣リビアとも二度にわたって戦いを行い、その両者で勝利を治めています。

これらの勝利をきっかけにして北部・北東部地域の都市に多民族を入植させることで、エジプトの北部・北東部地域をオリエント諸国や地中海を越えた先の国々との緩衝地帯としていたともされています。

国内に目を向けると、主要都市であるテーベを中心に数多くの建築事業を推進し、中でもここ、自身の葬祭殿であるメディネト・ハブの建築に最も力を注ぎました。

積極的な軍事戦略と建設事業を進めていたラムセス3世ですが、治世の末期では国内各地の神殿に土地を寄進していたことが影響し、国の経済が悪化してしまいます。

加えて、アメン神官団の勢力を増大させることにも繋がってしまい、次第に権力を失ってしまいます。
(どこの国でもいつの時代でも、宗教が政治と絡むと大抵ロクなことにならない気がする…。)

結局、ラムセス3世は後継ぎ問題の対立から、妻の一人であったティイとティイとの間の息子ペンタウアーらによって暗殺されてしまいます。

ここから”エジプト帝国”は瓦解し始め、誰もが耳にしたことはあるだろう女王「クレオパトラ」ことクレオパトラ7世の死をもって、古代エジプトの歴史の終焉となるのです

つまり、ラムセス3世は「最後の偉大な王」にして「古代エジプト崩壊のきっかけ」にもなってしまったファラオだったのですね…。

 

👇ラムセス2世については、こちらのラムセウムの記事をご覧ください!

 

 

ラムセス3世葬祭殿(メディネト・ハブ / Medinet Habu)をご紹介!

ではでは、写真とともにメディネト・ハブ(Medinet Habu)ことラムセス3世葬祭殿をご紹介していきます!

はじめに断っておくと、レリーフやら壁画やらについてはまったくの無知ですので、どこに何がある、みたいな情報はほぼありません!笑

あくまで雰囲気を掴んでいただく、想像力を刺激する、といった記事になっているとお考えいただければと思います!

 

ということで、まずは入場から!

思わず「おぉ!」と唸ってしまう巨大さ!
紀元前千うん百年のものですよ。。冷静に考えたら存在していることが奇跡じゃないですか??

ラムセス3世葬祭殿(メディネト・ハブ)は、もともとハトシェプスト女王とトトメス3世が建立した神殿が建っていた場所に、その神殿を取り込む形でつくられた葬祭殿になります。

古代エジプトの建造物の中では極めて保存状態が良いものの一つで、「海の民」との戦いを詳細に描いたレリーフは一見の価値が大いにありますよ!

これが「海の民」との戦いのレリーフ(のはず)!とにかく圧巻のレリーフでした!!
進んでいくと、それぞれの”間”ごとに小さな門のようなものが。
そのすべてに、文字やレリーフが描かれているのだからすごいです。。
柱や天井にもぎっしり。
像があったと思われる痕が。
ところどころ色まで残っていましたよ!!

最深部近くなってくると様子が少し変わってきました。

柱、かあるいは何かの像のようなものの残骸が立ち並んでいます。
ちゃんと形が残っているのはこれくらいだったかな。。
柱や壁の模様に注目しながら戻ります。
この柱と天井はかなり壁画の形と色が残っていました!
当然、更地になってしまっている部分も。
むしろ、すべてこうなっていないのがすごすぎる。。
ここも綺麗だったなぁ。。
門の天井!これすごくないか、ホントに。。
改めて全体像。
お邪魔しました!

 

ちなみに、「メディネト・ハブ」という名称はネットや本などの観光情報で使われているもので、現地の人たちは「メディーナ・ハブ」に近い発音で読んでいました!

古代エジプト語か、あるいはエジプト・アラビア語を英語にしたものでしょうから、その辺の発音は違ったりするものですよね。

郷に入っては郷に従え。これも旅では重要なことですね!

タクシーの様子

ラムセス3世葬祭殿のあとは、王家の谷、そしてデル・エル・バハリことハトシェプスト女王葬祭殿へと向かいました!

 

ラムセス3世葬祭殿(メディネト・ハブ)の入場料

40£E(学生は20£E)

 

👇王家の谷については、こちらのルクソールのまとめ記事をご覧ください!!

Coming soon!!

 

👇ハトシェプスト女王葬祭殿(デル・エル・バハリ)についてはこちら!!

 

 

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ラムセス3世葬祭殿のまとめ

今回は、ラムセス3世の葬祭殿メディネト・ハブをご紹介してきました!

「エジプト屈指の保存状態」と言われるだけあって、古代エジプト新王国時代の威光を垣間見ることができましたし、本物の壁画やヒエログリフを見ることができてとにかく興奮しっぱなしでした!!

歴史を学べば観光や旅行はもっと面白くなる!」と僕は常々言っていますが、ここラムセス3世葬祭殿は、古代エジプトの歴史やラムセス3世について知らなくてもワクワクしてくる遺跡なのは間違いありませんよ!

古代エジプトの歴史に興味がある方はもちろんのこと、ルクソール観光の予定がある方は是非とも、ここメディネト・ハブことラムセス3世葬祭殿に足を運んでくださいね!!