大英博物館(British Museum)イギリスを代表する博物館どころか人類が誇るべきコレクションの宝庫

その規模と質から世界最高峰の博物館との呼び声も高く、連日多くの人で賑わっています。

今回はそんな大英博物館を、ほんの一端にはなりますがご紹介していきますよ!

 

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大英博物館(British Museum)の基礎情報

大英博物館。

英語では”British Museum“、あるいは”The British Museum“と書かれます。

 

大英博物館が設立されるきっかけとなった人物は「ハンス・スローン」という人物です。

医師をしながらも個人としては当時最大の古美術収集家であったハンス・スローンは、自身の死後、生前集めていた美術品や稀覯書(きこうしょ)約8万点を一般の人にも役立つように活かしてほしいという遺言を残していました。

この遺言に従って、彼の収集品の管財人たちとイギリス議会が協力してつくられたのが大英博物館なのです。

博物館の設立には宝くじの売り上げがあてられることとなり、一般には1759年1月15日に開館しました。

 

冒頭にも書いた通り、世界最大級の博物館の一つで、古今東西の美術品や書籍、発掘された遺物や標本に硬貨、さらには工芸品や各地域の民族に関わる資料など実に様々なものが、その数なんと約800万点も収蔵されています。

うち常設展示されているのは約15万点ですが、それでもこの数を1日でまわることはほぼ不可能だと言われていますね!

その収蔵数から研究が盛んに行われているほか、世界中の博物館と連携して巡回展や途上国の博物館への技術協力などもしています。

さらには教育分野にも力を入れており、学校と連携した教育や家族向け教育、成人向けや障害者に向けた教育、さらには移民や亡命希望者といった社会的弱者のための教育など、まさにすべての人に向けた教育を展開しています。

それでいて、大英博物館の収蔵品の多くは個人からの寄贈によるものということで、ナショナルギャラリー(National Gallery)同様、入場料はなんと無料!

施設維持費は募金や寄付、グッズ販売から得られているようで、館内の募金箱はどの国の通貨でも受け入れており、実際に行ったときもポンドだけではなく様々な国の硬貨やお札が入っていました。

イギリスの大盤振る舞いぶりには本当に頭が上がりません。。

 

👇ナショナルギャラリーについてはこちらの記事をチェック!👇

  

ここまでは、博物館の、言うなれば”光”にあたる部分のお話。

そして、光があれば”闇”もあるのが世の真理なわけで、この大英博物館にもネガティブな話題はあります。

それがここまでの収蔵数に至った歴史。

確かに「収蔵品の多くは個人からの寄贈」と言われていますが、その中には大英帝国時代の植民地から持ち込まれたものも多く、しかもそのほとんどが、今の時代にやったら文化財保護の観点や宗教的理由から”限りなくアウトに近いアウト”になるのだそう。笑

これが”闇”にあたる部分で、実際この事情からたびたび返還要求をされていますし、イギリス国民の中にも大英博物館の成り立ちをあまり好ましく思わない人がいるそうです。

ですがこの”闇”、見方によっては、
「紛争などによる破損や盗難などから保護できたり、整った環境で保護・管理することで修復が進み、劣化や腐敗から守ったりできるとも言える」
ということで、この辺は人によって意見が別れそうですね。。

 

僕個人としては、、

こうして大きな博物館に収容されれば保護が進みますし、何より多くの人に触れる機会ができ、自分の国の文化について知ってくれるかもしれないので悪いことではないと思います。

ただ、後述する「パルテノン神殿の彫刻群」など、遺跡の一部のみを持ってきた、みたいなことだとまた話が変わってくる気もします。。

まあ、それを言ったらほとんどがそうなのかもしれませんが。笑

 

ともあれ、何日もかけてゆっくりと展示物を楽しみながら人類の歴史に触れることができる場所なのは間違いないですね!!

 

 

大英博物館(British Museum)の展示物のご紹介

ここからは僕がみてきた展示物をご紹介していきます!

このときは、先に留学の日程を終えたルームメイトと
「最後にどこか行こうぜ!」
というノリで来たので全然網羅していませんし、一部記憶が曖昧なところがありますのでご了承ください。。

 

グレーコート

ということで、まず、正面入り口から入ると出迎えてくれるのが白亜の巨大な円筒です!

これはグレートコートと呼ばれており、この内部は図書館機能を備えていた時代の図書館でした。

現在は「リーディングルーム(円形閲覧室)」という形で残っていますよ。

 

ロゼッタストーン(Rosetta stone)

そしてそして、最初に向かった展示物はこれ!
(このことだけは覚えている!笑)

ロゼッタストーン(Rosetta stone)ですね!

ナポレオンの軍がエジプト遠征を行った際に発見した、古代エジプトのヒエログリフ(神聖文字)とデモティック(民衆文字)、そしてギリシア文字の3種類で書かれた碑文です。

その後、シャンポリオンが解読し、それまで謎だったヒエログリフの翻訳が可能となったことで一躍有名になりました。

大英博物館に来たらこれだけは見ておきたいですね!

 

エジプトセクション(1階)

ここからは各セクションごとに書いていきます。

まずは1階のエジプトセクション。

アメンホテプ3世の石像。
古代エジプト絶頂期のファラオで、アメン神信仰のため「ルクソール神殿」を建設しました。
また、破壊された彼の葬祭殿の名残として「メムノンの巨像」が唯一残っています。
ヒエログリフがぎっしり書かれた石棺。
こちらはラムセス2世の石像。
ギリシャ語訳では「オジマンディアス」と呼ばれる大王。
アブ・シンベル神殿やラムセウム(ラムセス2世葬祭殿)といった巨大建造物を建築したことから「建築王」とも呼ばれます。
ヒッタイトととの間で結ばれた和平条約は世界史上最初の和平条約と言われています。
彼の最大の特徴はその体の強さでしょう。
平均寿命30代後半、平均身長160cmほどだった古代エジプト時代において、最大身長は180cmをこえ、推定される死亡年齢はなんと90歳前後ということで、まさに史上最高の”ファラオ”と言える人物ですね。
(というか、現代にいても大きい方ですよね笑)

 

ギリシア・ローマセクション

エルギン・マーブル(Elgin Marbles)」と呼ばれるパルテノン神殿の彫刻群の一部。
これがこの博物館で最も””いわく付き”と言える展示物。
19世紀にイギリスの外交官トマス・ブルースによって、パルテノン神殿から削りだして持ち出されたエルギン・マーブル。
当時ギリシャはオスマン帝国領で、この際ブルースはオスマン帝国から許可を得ていました。
近代に入りギリシャ政府は返還を再三要求するも、イギリスとの交渉は未だ平行線の一途をたどったまま。
しかも21世紀に入って、ギリシア時代の彫刻はもともと色がつけられていたことが判明。このことから大英図書館時代の職員たちが無断でこの色を「クリーニング」の名目で落としてしまっていたことが発覚し、さらに状況がこじれるという展開となっています。。
こちらはローマの彫刻群。
頭の鎧の感じがいかにもローマ軍のイメージですね!

 

アッシリア

現在のイラク北部、メソポタミア文明が花開いたティグリス川とユーフラテス川の上流域から始まった王国で、全オリエント世界を支配する初の帝国を築きました。

新アッシリアと呼ばれる最盛期の宮殿の入り口には、このような「人の頭と翼を持った牡牛像」が多く置かれ、守り神のような役割があったと考えられています。
(エジプトのスフィンクスに近いかもしれませんね!)
ヒゲ(?)と髪の描き方がメソポタミア地方ならではです。

 

2階(Upper Floors)

2階へ進みます。

アウグストゥスの頭像

アウグストゥスはローマ帝国の初代皇帝
地中海世界を初めて統一し、「パックス・ロマーナ」を実現しました。
ちなみに8月を意味する「オーガスト(August)」は彼の名前からきています。
近くにあった銅像。リアル。。

 

ルイス島のチェスボード

『ハリーポッターと賢者の石』で登場する「魔法のチェス」のデザインに使われたと言われるチェスボード。
駒がセイウチの牙で作られています。

 

サットン・フーのヘルメット

サットン・フー(Sutton Hoo)」は、イングランド東部イースト・アングリアのサフォーク州ウッドブリッジ近くで発見された7世紀のアングロサクソン時代の船葬墓(船を棺の代わりにしたお墓)のこと。

中世初期のイングランドを知るうえで極めて重要な考古学的資料だそうで、多くあるイギリスの遺跡の中でも有名なもののひとつです。

その副葬品として見つかった鉄製のヘルメットです。

「サットン・フー」。
音が可愛いと思ったのは僕だけではないはず。笑

  

西アジアセクション(2階)

ウルの牡山羊とスタンダード

この2つは、メソポタミア文明の最初期にバビロニア南部で興った都市文明であるシュメール初期王朝時代の遺跡で発見された副葬品です。

ウルはシュメール人が築いた都市の1つです。

「茂みの雄羊(Ram in a Thicket )」とも呼ばれる2体で一対の牡山羊の像。
もう一体はペンシルベニア大学考古学人類学博物館にあります。
頭部と四肢、そして性器にあたる部分には金箔が貼られ、角と肩部の毛皮はラピスラズリで、胴体の毛衣は貝殻でできています。
大きな面の片面は「戦争の場面」(写真の面)、もう一方は「平和の場面(宴の様子)」を描いていると考えらています。
ラピスラズリや赤色石灰岩、瀝青によって描かれている箱型の工芸品ですが、具体的な用途は未だ解明されていません。

 

バビロニア
新バビロニア王国2代目の王ネブカドネザル2世。
「バビロン捕囚」が非常に有名な王ですね。
ネブカドネザル2世と関わりがある品かはちょっと確証がないのですが、、

 

時計セクション

いっきに近代まで飛んできました!

「時計」というセクションが実際にあるのですから驚きです。笑

さすが「時計塔」とも呼ばれる「ビッグベン(Big Ben)」をもつイギリスですね!

かつて使われていた時計の仕組みを、実際に見て学ぶことができます。

まったくのノーマークだった分、想像以上におもしろいセクションでした!

 

生と死セクション

ここのセクションがちょっと曖昧で、おそらく1階に戻ってきての「生と死」セクションのはずなのですが、、!
(間違えていたらごめんなさいっ!!)

とにかく、棺が多く並ぶセクションになります。

やはり「死後の世界」についてとなると古代エジプトの文化が抜きん出ている印象ですね。
こちらは2世紀末ごろに活躍したアルテミドロスの棺。
CATスキャンによって中のミイラの解析がなされたという解説がありました。

 

東洋セクション

東洋のセクションには日本の甲冑一式も!

解説に日本語が書かれているのもちょっぴり嬉しみ。

 

アメリカ・メキシコセクション

マヤ文明やアステカ文明といった中米のメソアメリカ文明のセクションです。

他の地域とは違った独特な雰囲気がありますよね〜
、、ん?左奥の形は。。笑

 

モアイ

イースター島のモアイもあります!
当時のヴィクトリア女王に献上するために持ち帰られたそう。
まあそういうところが、今やると”アウトに近いアウト”なわけですね。笑
このモアイには「ホア・ハカナナイア」という名前がついています。

 

クリスタルスカル

「ブリティッシュ・スカル」と呼ばれるクリスタルスカル!
オカルト好きにはたまらない一品ですね!
アステカ文明の遺跡から発見されたとされるクリスタルスカル。
その時代や場所では考えられない出土品「オーパーツ」として話題となりました。
「クリスタルスカル」がオーパーツの1つである所以は、その加工の難しさから。
水晶の加工法は近代に入って確立されたものであり、マヤ文明やアステカ文明の時代の技術での作成は不可能だと考えられています。
結局、このクリスタルスカルを含めた現在見つかっているクリスタルスカルのほぼすべてが、近代に入って造られたものだと判明しています。

 

その他 

その他写真に収めた2ヶ所です。

こちらは紙媒体の遺物の展示。
他とは雰囲気が違って、なんだか知的なかんじ。
アフリカセクションは地下に唯一あるのですが、そこの展示物です。
「木」を使っているのが他の文化との大きな違いですね。

 

 

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大英博物館のまとめ

ということで、今回は大英博物館について紹介してきました!

ただ行くだけでも「おおぉ」とはなりますが、、
やはり世界の歴史(世界史)や見所、さらには”曰くつき”の展示品などを事前に調べて行くとより楽しめると思います。

毎度毎度書いていますが、その国のことはもちろんのこと、観光地や博物館の展示品は事前知識が多いほど楽しめるのは間違いないので、ぜひ皆さんもいろいろな情報に触れてみてください!

ガイドブックに目を通すだけでも違いますからね!!

 

[ 期間限定情報 ~2019年8月26日 ]

ここで、1つ耳寄りな情報!!

2019年の5月23日から8月26日の期間で、日本のマンガをテーマにした展覧会”The Citi exhibition Manga”が開催される予定となっています。

この”The Citi exhibition Manga”というイベントは日本国外で開催されるマンガ展覧会として史上最大規模のもので、テーマは”There is a manga for everyone!”。

マンガの作り方や読み方から、マンガの歴史や社会との関係性、現代の作品が扱うテーマと表現方法の多様性などを紹介し、来場者にマンガについての理解と関心を深めてもらおうというもののようです。

マンガだけでなく葛飾北斎や河鍋暁斎の作品も展示される予定で、日本の”絵”についての展覧会という印象ですね!

世界屈指の博物館である大英博物館で日本のマンガが扱われるとは。。

本当に、世界に誇るべき日本の文化ですね!!

ゴールデンウィークとは重なっていませんが夏休みとは重なるかと思いますので、夏にイギリスに行く予定のある方は立ち寄ってみてください!