ルクソールの二大神殿にしてエジプトの二大神殿とも呼ばれるうちの一つが、今回ご紹介するルクソール神殿です。

元々は、「カルナック神殿」の中心的役割を果たしている「アメン大神殿」の付属神殿として建立された神殿にすぎませんでしたが、歴代のファラオたちが手を加え、今ではルクソール、そしてエジプトを代表する観光名所となっています。

今回はそんなルクソール神殿をご紹介しますよ!

 

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ルクソール神殿の歴史

まずはルクソール神殿の歴史を軽くご紹介していきましょう!

もともとルクソール神殿(Luxor Temple)は、ルクソール神殿から北東に数km行ったところにあるカルナック神殿の中心的神殿とも言える「アメン大神殿」の付属神殿として建立された神殿で、完成当初はアメン大神殿と、両側にスフィンクスが並べられた参道と結ばれていました。

アメン大神殿(カルナック神殿)は古代エジプトの中王国時代の頃から建立されていたと考えられているため、ルクソール神殿もそれくらいの時代に建てられたと思われます。

新王国時代の最盛期に入ると、ルクソール神殿は何代ものファラオたちによって増築・改築がなされます。

その中でもルクソール神殿の建立に力を注いだのが、”建築王”アメンホテプ3世”大王”ラムセス2世であり、今日僕たちが見ることができるルクソール神殿の大部分は彼らの時代に建てられたものと考えられています。

時代はとんでエジプトがローマ帝国の支配下に加わった際には、ルクソール神殿はローマ軍の基地として使われていたという歴史もあります。

 

👇アメンホテプ3世については、こちらのメムノンの巨像の記事をチェック!

 

👇ラムセス2世については、こちらのラムセウムの記事をチェック!

 

 

ルクソール神殿を巡る

ではでは、実際にルクソール神殿に足を運んだ際の様子をご紹介していきますよ!

外観だけでもその規模をうかがい知ることができますよ!
入場すると早速出迎えてくれるのが、この圧巻のオベリスクです!
こちらがルクソール神殿とアメン大神殿(カルナック神殿)を結んでいた”スフィンクス参道”。
実際にカルナック神殿まで行くとわかりますが、当時はかなりの距離を結んでいたと思うと「さすが古代エジプト人だなぁ」と感嘆してしまいます。。
参道から正面にルクソール神殿。

ここで一つお話を挟みます!

実はルクソール神殿のオベリスクは、もともと左右で対となって立っていました。

つまり、向かって右側にもオベリスクが立っていたのです。

しかし近世に入って、当時エジプトを支配していたオスマン帝国からエジプトの独立を図っていた、エジプト総督のムハンマド・アリーがフランスに贈ってしまったのです。

ムハンマド・アリーは当時、エジプトの国力を底上げしようと積極的に西欧諸国と関わりを持ち、留学生を送ったり技術を吸収したりしていました。

その流れの中で、ムハンマド・アリーがフランスにオベリスクを贈ったみたいです。

フランスへと贈られたオベリスクは、「クレオパトラの針」としてパリのコンコルド広場に立てられていますよ!
(英語では”Luxor Obelisk”と書きますし、オベリスクとクレオパトラは何の関係もないので、この日本語がいかにおかしいかおわかりでしょう…笑)

パリに行った際のコンコルド広場です!
写真左のオベリスクが「クレオパトラの針」ことルクソール神殿のオベリスクです!

この「ムハンマド・アリーがフランスにオベリスクを贈った」という部分については、僕が調べた限りいくつかエピソードが存在しており、
単純に「ムハンマド・アリーがフランス国王に贈った」とか、
「ナポレオンに時計をもらったのでその返礼で贈った」とか、はたまた、
「ナポレオンに時計をもらったあと、冗談でオベリスクを持っていって良いといったところ本当にフランス軍が引っこ抜いて持っていってしまった」
などがありました。笑

まぁこのへんは”俗説”ってやつでしょうね〜!

歴史を楽しむならこれくらいアバウトでも良いと思うと同時に、歴史的価値のある建造物に関わる歴史なのだからもっと正確に記録しておけよ、とも思わなくもないです。笑

ちなみに、ムハンマド・アリーはその後事実上のエジプト独立を達成すると同時に、様々な改革を打ち出し、エジプトの発展の基礎を築きました。

そのためエジプトでは、ムハンマド・アリーは「近代エジプトの父」や「大王」を意味する「エル・キビール」と呼ばれ、今なお近代エジプトの強さと先進性の象徴とされています。

ということで、そんなオベリスクをこえて神殿の中へ入っていきましょう!

オベリスクのすぐ後ろに控えるのは、ラムセス2世の坐像になります。
この坐像とともに、続く中庭はアメンホテプ3世が完成させたルクソール神殿に、ラムセス2世が増築したものとなっています。
ラムセス2世の中庭の先が、”アメンホテプ3世ゾーン”。
柱廊は思わず声が出てしまうほどの迫力でしたよ!!
先にあるのが祠堂と至聖所だと思われますが、なんだか入りにくい雰囲気でチキってしまいました。笑
祠堂については、アメンホテプ3世に加えアレクサンドロス3世(アレクサンダー大王)も手を加えたとされています。
色が残るほどに壁画が鮮明に残っていました!
戻ります!
左がファラオ、右がエジプト神の一神ホルスでしょうか。
横からも見てみる。
実際に歩いてみると、外観で見たときよりもコンパクトな感じでした!

 

👇ムハマド・アリーをはじめとする、イスラム教圏としてのカイロについては、こちらもチェックです!

 

ルクソール神殿をぐるっと観たあと、僕は歩いてカルナック神殿に向かいました!

ナイル川沿いの道をひたすら歩いていきます!

というのも、地図的には歩けない距離ではないと思ったし、道がほぼ一直線で迷いようがないと判断したからです。

おまけに、タクシーだの馬車だのの客引きには捕まりたくないと思っていたので。。笑
(ちなみにこの頃になると、「歩きながら話すだけ話し、最後はいなす」というスキルを身につけるにまで至っていました!笑)
(客引きと相対するときは、余計な気遣いや遠慮は絶対にNGですよ!!)

風景を見ながら歩くのはとても清々しく楽しかったですよ!

結局カルナック神殿までは、歩いて1時間ほどかかり、おまけに入り口を間違え地元の人しかいないような地区に迷い込んでしまいました!笑

結果的に何もなかったので「良い経験だった〜!」って言って笑っていますが、治安が不安な方、そもそも歩きたくない方は、素直に客引きと交渉するか、マイクロバスを利用してください!笑
(マイクロバスの方は、僕個人の見解からすると結構チャレンジだと思います。乗り降りや精算のシステムといい言語面といい、ちょっと不安です…。)

 

👇カルナック神殿について、続きはこちら!

 

ルクソール神殿の基本情報

開場時間

6:00~21:00

夜間ライトアップも有りますが、日が落ちてから街を歩く際は十分にご注意ください。

入場料

60£E(学生は30£E)

その他注意事項

隣接するモスクが大きく、一見すると神殿への入り口のように見えます。
が!そちらはモスクのみとなっています!

その辺にいる人に「ルクソール神殿の入り口はどこ?」と聞いても、そちらのモスクに連れて行かれそうになる(というか僕はなった)ので、ご注意を!

ルクソール神殿の入り口はモスク入り口へ入る階段の隣の、階段を降りたところにあります!
(2016年段階での情報ですので、こちらも変わっている場合がございますのでご注意ください。)

 

 

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ルクソール神殿のまとめ

ということで、今回はルクソールの中心部に位置するルクソール神殿についてご紹介してきました!

写真のご紹介の最後で書いたように、オベリスクや像、柱廊の大きさからすると神殿自体は意外とコンパクトなつくりで、とても観てまわりやすいところだったと感じました。

古代都市テーベを感じるための、ルクソール観光の最初の地、ルクソール観光の玄関口として最適だと思いますよ!

カルナック神殿や西岸の遺跡群とあわせて、ルクソール観光の際はぜひお立ち寄りくださいね!