セネガルの世界遺産一覧!ワールドカップ2022出場国の観光地紹介|検定対策にもどうぞ

セネガルの世界遺産一覧!ワールドカップ2022出場国の観光地紹介|世界遺産検定対策にもどうぞ

みなさんこんにちは! 観光情報サイト「旅狼どっとこむ」の旅狼かいとです!

「2022ワールドカップ出場国の世界遺産を大紹介シリーズ!」、グループA第3回はセネガルの世界遺産をご紹介していきます!

西アフリカに位置するセネガル、W杯の注目選手といえばサディオ・マネ選手やカリドゥ・クリバリ選手ですが、負の遺産の代表であり世界で最初の世界遺産でもある「ゴレ島」が位置しているなど、実は世界遺産とは縁が深い国なのです。

日本代表も出場するW杯は、世界各国について知れる絶好のチャンス! セネガルがどんな国なのか知りたい方はもちろん、世界遺産検定の勉強をしている方、純粋に世界遺産を知りたい方もぜひご覧いただければと思います!


目次

ゴレ島

セネガルの世界遺産一覧_ゴレ島-奴隷の家

1978年、史上最初の12の世界遺産の一つとして登録されたのが「ゴレ島」です。

概要

セネガル共和国の首都ダカールの南東沖、約3kmの位置にあるゴレ島は、人類の負の歴史である奴隷貿易の痕跡を色濃く残す地です。

1444年、当時は無人島だったゴレ島に最初に上陸したのはポルトガル人でした。そして「パルマ島」と名付けられたこの島をアフリカ内陸部から集めた奴隷や蜜蝋、金の集積地としました。

セネガルの世界遺産一覧_ゴレ島

その後、アフリカ大陸に近いゴレ島はヨーロッパ諸国にとって戦略的、商業的に重要な拠点とされ、激しい覇権争いが起こります。16世紀にはポルトガルに代わりオランダが、17世紀にはイングランド、オランダ、18世紀にはフランス、イングランドとゴレ島の所有国は次々と変わっていきます。最終的に、1783年から20世紀のセネガル独立まではフランスが島を統治しました。

この間の17~18世紀を中心にヨーロッパ各国は、アフリカで武器や綿製品などと引き換えに奴隷を購入し、今度はその奴隷をアメリカ大陸に売ることで砂糖やコーヒー、綿花などを入手するという「三角貿易」を行なっていました。ゴレ島は1815年に奴隷貿易が廃止されるまで、ヨーロッパ・アフリカ・新大陸の三角貿易の一大拠点となったのでした。

セネガルの世界遺産一覧_ゴレ島-三角貿易

島の東岸には奴隷貿易のシンボルとも言える「奴隷の家」が残っています。1階には船の出港を待つ奴隷たちが収容され、2階には奴隷商人が住んでいました。

島の北端には、フランスによって建造され、現在は歴史博物館として使用されている「エストレ要塞」が立ち、島の南南にも砦や砲台が残っています。これら戦争の跡は、苛烈だったゴレ島を巡る争いの様子を今に伝えています。

島の建造物は老朽化が進んでいましたが、奴隷貿易の悲惨さ、反省すべき歴史を後世に伝えるべく1980年代から修復が行われ、現在は奴隷の家も博物館として公開されています。

登録名と登録区分

セネガルの世界遺産一覧_ゴレ島-エストレ要塞

Island of Gorée

区分:文化遺産
特殊なカテゴリー:負の遺産

登録年と登録基準

年:1978年
基準:(ⅵ)(6)

アクセス

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