金閣寺

金色に光輝く舎利殿は、「黄金の国」と謳われた日本文化の象徴ともいえる寺院であり、見る者すべてを魅了する力をもつ。。

みなさんこんにちは!旅狼かいとです!

ということで今回ご紹介するのは、京都駅から西へ進んだところに佇む金閣寺についてです!!

京都観光にいったらゼッッッッッッタイに外せない超有名人気観光地ですよね!!

池に浮かぶ舎利殿はその名の通り黄金に輝いており、その姿を一眼見ようと世界中から旅行客が毎日つめかけています。

もちろん、メインの「金閣」以外にも出世や金運にまつわるパワースポットもあり、まさに“金”を具現化したような名所なのです!!

そんな金閣寺について、このブログでは見どころや歴史をたっぷりとご紹介!

ぜひこの記事で、金閣寺へ足を運ぶ前に観光情報を知っていってくださいね!!

ちなみに、、冒頭茶番っぽく書いたところについて、

日本が「黄金の国ジパング」と称された『東方見聞録』を記したマルコポーロは、1200年後半~1300年初期の人物であり、足利義満が金閣寺を建立したのは1398年です。

つまり、金閣ができたのはマルコ・ポーロが「黄金の国」と称したあとのことですので…!

(今回のものは演出上の言い回しなだけなので、一応正しい歴史の流れを伝えておきました!笑)

   

「金閣寺」という名前について

金閣寺の風景

はじめに書いておくと、「金閣寺」という名称は実はニックネームのようなもので、お寺の正式な名前は「鹿苑寺(ろくおんじ)」といいます

「金閣」は鹿苑寺の舎利殿の名称なのですが、あまりにもこの金閣が有名なために、「金閣があるお寺」すなわち「金閣寺」と呼ばれるようになったのでしょうね!

また、この「金閣」に「銀閣(慈照寺観音殿)」と「飛雲閣(西本願寺)」を加えた京都を代表する”三つの閣”は「京の三閣」とも呼ばれ、室町時代~江戸時代を代表する建築とされていますよ!

   

金閣寺の見どころ

金閣寺の風景

ではまずは、「金閣寺」へ旅行したら絶対にハズせない見どころを、ダイジェスト形式でご紹介していきます!

「金閣」こと舎利殿

金閣寺の風景

まずは言わずもがな、金閣寺最大の見どころである「金閣」こと「舎利殿」ですね!

木造3階建ての楼閣建築によってつくられている金閣。
(厳密には、初層と二層の間には屋根の出が作られていないため、形式的には「二重三階」と呼ばれるものになっています。)

金閣の建築的特徴は、各階の住宅様式が異なるという点。

法水院(ほっすいいん)」と呼ばれる初層(1階)は貴族の住宅様式である「寝殿造」によって造られており、金箔を張らずに素木仕上げとしており、

二層は「潮音洞(ちょうおんどう)」と呼ばれ、現代の和風建築にも通じる鎌倉時代の武家の住宅様式である「武家造」によって造られています。

そして、「究竟頂(くっきょうちょう)」と呼ばれる三層は、金閣を建てた足利義満が帰依した禅宗の住宅様式である「禅宗仏殿造」によって造られており、屋根の頂上には羽を広げた黄金の鳳凰が立っているのが目に入ると思います!

この三層のつくりそのものが「貴族より武家、武家より禅」という義満が重要視していた位を表現していると言われているのも、この金閣の特徴ですね!

金閣寺の風景

単体でももちろん美しい金閣ですが、金閣が佇む「鏡湖地(きょうこち)」に映る「逆さ金閣」や、衣笠山を借景にしたコントラストも素晴らしく、さらには時間によって金閣にあたる太陽の光の向きが変わることで、さまざまな角度や時間で楽しめるのが何より素晴らしい魅力です!

ぜひあなたのお気に入りの風景、さらには時間を探してみてください!

金閣寺の風景

  

鏡湖地

金閣寺の風景

金閣の前に広がる鏡湖地には、日本を表しているという「葦原島」をはじめとする大小様々な島や岩が配置されています。

やはり金閣に目がいってしまいますが、この鏡湖地もとても素敵な場所です。

極楽浄土を表現しているという広大な池泉回遊式庭園には、広々とした日本庭園ならではの雰囲気と背景として広がる衣笠山と青空のコントラストが実に映えています。

たとえ金閣がなくても、ここが風情ある風景となっていたことを感じさせてくれる場所となっていますよ!

  

龍門の滝と鯉魚石

金閣寺の龍門の滝と鯉魚石

鯉魚石(りぎょせき)と呼ばれる鯉を表現した岩が置かれている龍門の滝も、金閣寺の見どころの一つ。

滝を登りきった鯉は龍と化す」という中国の故事「登龍門」を表現したもので、出世や合格を祈る人々のパワースポットとなっているのですよ!

確かに、岩が鯉に見えますし、その鯉が滝を登っているようにも見えますよね!

   

金閣寺(鹿苑寺)の観光案内

金閣寺の風景

拝観時間

9:00~17:00

無休

料金

大人(高校生以上):400円

中学生以下:300円

紅葉の見頃

色づき始め:11月上旬

見頃:11月中旬

観光のおすすめ時間

各時間ごとに金閣に当たる光が魅力的。いつ来ても良し。
(But いつ何時も混雑はお覚悟を…)

アクセス

市バス 金閣寺道 から徒歩3分

駐車場:250台分(8:40~17:10、最初の1時間300円、以降30分ごとに150円)

金閣寺 公式ホームページ

  

   

金閣寺の歴史

金閣寺の風景

現在の金閣寺(鹿苑寺)が立つ場所には、もともと「西園寺公経(さいおんじきんつね)」が建立した「西園寺」がたっていました。

西園寺は西園寺家が代々所持していましたが、鎌倉幕府滅亡後に西園寺家が没落すると、西園寺には手入れがなされなくなり、次第に荒廃していきました。

そんな西園寺を譲り受けたのが、室町幕府3代将軍「足利義満でした。

義満は、河内の領土と交換で西園寺を手にし、「北山山荘」として応永4年(1397年)に改築と増築を施してこの場所を一新します。

完成した北山山荘は邸宅として使われることとなっていましたが、その規模は当時の御所に匹敵し、政治の中枢がすべてこの地に集約されていました。

そのため当時は、「北山第」や「北山殿」と呼ばれたと同時に、その見事な建築から「北山文化の象徴」とまで呼ばれることとなったのでした。

金閣寺の風景

義満の死後、舎利殿以外の寝殿等は解体されて南禅寺や建仁寺に寄贈され、応永27年(1420年)に義満の遺言によって、北山第は夢窓疎石を勧請開山(名目上の開山)として禅寺となります。

この時、義満の法号「鹿苑院殿」から現在の「鹿苑寺」と名付けられたのでした。

その後勃発した応仁の乱の際に、鹿苑寺は西軍の陣となったため舎利殿(金閣)を含む多くの建物が焼失してしまいますが、江戸時代に再建されています。

ちなみに、この金閣に倣って「銀閣」を建てたことで知られる室町幕府8代将軍であり義満の孫にあたる「足利義政」もこの金閣寺にたびたび参詣していたという記録が残されています。

応仁の乱が終わって8年ほど経って義政が訪問した際には、応仁の乱によってかろうじて焼け残った金閣を除き、境内が荒れ果ててしまっている様子が語られています。
(まぁ義政の後継争いが発端で応仁の乱は起きているのですが。。)

時は進み近代に入ると、金閣は国宝に、庭園は特別史跡・特別名勝に指定されます。

金閣寺の風景_パステル

しかし、昭和25年(1950年)7月2日未明、のちに「金閣寺放火事件」と呼ばれることとなる放火事件によって国宝の金閣と安置されていた仏像などが焼失してしまいます(この事件をきっかけに、金閣は国宝指定が解除されています)。

日本を代表する文化財の焼失に多くの人が胸を痛めたこの事件でしたが、再建費用として政府からの補助金や日本全国からの寄付金が集まり、わずか5年後の昭和30年(1955年)に創建当初の姿に復元されたのです。

人の力というものは本当にすごいですよね…!

また、金箔の劣化を理由に昭和61年2月には「昭和の大修復」が行わました。

国産の「浄法寺漆」を使用した漆の塗り替えや、通常のものの5倍の厚さを誇る「五倍箔」を用いた金箔の貼り替え、天井画の復元などを約1年8ヶ月もの期間をかけて行ったこの大修復作業。

総工費はなんと、当時の額で約7億4千万円にものぼったといいます…!

そんな苦労の歴史の積み重ねが認められてか、平成6年(1994年)12月に金閣寺こと鹿苑寺は、ついに「古都京都の文化財」の一つとしてユネスコの世界文化遺産に登録されたのです!

金閣寺と青空

現在では国内外を問わず毎日のように観光客が押し寄せる超人気観光地。

特に海外からの旅行客はあとを立たず、実際僕が行った際も、半分以上が外国からの人たちだった印象ですね!

こうして日本の観光地から日本に興味を持ち、日本文化や歴史を知ってくれる人がいると思うと、日本人としてはとても嬉しいことですよね!

   

ではではここから、実際に行ってみた様子から金閣寺をさらに深掘りしていきます!

モデルコースとしてもぜひ参考にしてみてください!

⇨次ページへ!(歴史と実際の様子!)

  

👆秋の京都観光なら、金閣周辺の見どころにも足を運ぼう!

  

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